高校時代、仙台の中心部から10キロ離れた泉区というところに毎日自転車で通っていた。 最初のうちは舗装されたきれいな道路なのだが、学校のある泉区に入ると道の様相が一変する。 あぜ道のみ 区といっても栄えてるのは一部だけで、あとは田んぼしかないのだ。 しかもそこら中に図鑑でも見たことのない生物がうじゃうじゃいた。 ツチノコまがいの生物を見たこともある。しかも何度かそいつをチャリで轢いた。 また学校の少し手前に牛を飼ってる民家もあった。 それもかなり巨大な牛。ちょうどピンクフロイドのアルバム「原子心母」のジャケットの牛 ![]() と同サイスと思っていただきたい。 これが番(つがい)で二匹、毎朝僕を迎えるようにデンと構えているのだ。 どう考えても怖えー。 しかしガタイの割におとなしく、こちらを威嚇する様子もなかったので特に気にしなかった。 「おはよう」と心の中で挨拶し、毎朝横のあぜ道を通り過ぎていた。 その日は寝坊してしまい、急がないと遅刻確実な状況だった。 トーストをくわえたまま家を飛び出し(嘘)、全速力で自転車を漕ぎ出した。 幸い田舎なので車はほとんど走っておらず、全ての赤信号を無視することができた。 (よし、これなら間に合う) 学校前には通称ぬり壁という急な坂道があるが、そこは立ち漕ぎで一気に登れば問題ない。 前日の自慰行為の影響で朦朧とする意識の中、僕は最後の力を振り絞った。 のどかな田んぼの中を猛スピードで疾走し、間もなくぬり壁ゾーン。時計を見るとまだ5分ある。 (よっしゃあ、俺の勝ちだ!) そう雄叫んだ次の瞬間、まさかの事態が起こった。 それは田舎の高校生には刺激の強すぎる光景であった。 牛(さっきの)が道のど真ん中で交尾していた 首につけているチェーンが思った以上に長かったらしい。 牛はそれをピーンと張ったまま、後背位の体勢で、道路の真ん中でゆっくりと行為に及んでいる。 何とか通れそうな抜け道を探してみるもスキ間はまったくない。 「どうしよう・・・」 ここで童貞高校生(牛以下)が取るべき選択肢は3つあった
他にも有効な作戦はありそうだが、童貞高校生が考えたポッシブルなミッションはこの3つであった。 童貞はまず作戦Aを決行した。
一番リスクが少ない上、成功する見込みが最も高いと思ったからだ。 牛たちの怒りを買い、襲われる可能性もあるが、幸い牛はチェーンで繋がれてる。 躊躇してる暇はないので、すぐに実行に移す。 「わお!わお!」 牛に向って大きい声で5回吠えた。 牛、完全無視。 声が小さかったかな? 呑気な童貞高校生は、今度は志村けんのバカ殿のようなハイトーン声でもう一度叫んだ。 「わお〜〜〜!わお〜〜〜ん!!」 3回目を吠えたあたりでガラガラッと隣の家のシャッターが開いた。 見るとおばさんが怪訝そうな顔でこちらを睨んでいる。 そりゃそうだ。どう考えても単なる変質者だろ。 そもそも、この時発した「わお〜」の意味がわからない。何の動物に成りきったつもりなんだろう。 犬だったら明らかに牛の方が強いし、百歩ゆずってジャッカルだとしてもこの宮城の田舎牛がジャッカルの存在を知るはずもない。いくら牛と言えど無視されて当然。 やけくそで空き缶でも投げて強制終了させようとも思ったが、このド田舎に自動販売機なんかない。 男の作戦はすぐさまBに移された。
が、ここでもまた問題が。 自転車を降り、それを持ったままヨイショとジャイアント馬場のリングインのように牛をまたぐか、 それともチャリに乗ったまま猛スピードで牛に突進し、バイクスタントのように牛を飛び越えるかという究極の二者選択である。 悩む童貞。 と、ここで冷静に今までの状況をもう一度整理してみてほしい。 さっき書いたように牛はピンクフロイドの原子心母級の巨大サイズなこと。 しかも極度の興奮状態中。 下手に触れればその巨体で一気に潰しにかかる可能性も大だ。 そして対する僕は身長165センチ50キロの貧弱な文科系の高校1年生。 しかも童貞。しかも熱烈な浅香唯ファン。コンサートも前5列目で見るようなダメ人間だ。 そう ![]() 絶対無理 今思えば、あの時思い切ってバイクスタントを決行し牛を飛び越えてれば、という悔いもある。 そのことに自信を持ち、人生が大きく好転してたかもしれないからだ。 シミュレーション1(キャバクラにて) 「ええ、飛び越えたんですか?、すごおい!」 「なに、たかが交尾してる牛じゃないか(葉巻をくわえながら)」 「いや、それって勇気ありますよ。尊敬しちゃうなあ」 「男なら当然だって(煙を円く吐き出して)」 「もうあたし貢いじゃいますよ。はい100万円」 「おお、いつも悪いねえ。ヒャヒャヒャヒャ・・・」 そんなこんなで今頃、元キャバ嬢の女と渋谷の一等地で富豪生活 なんてことも・・・ ![]() 結局、ヘナチョコ高校生が選んだ選択肢は最も避けたかった
であった。 直線距離1キロはあろうかという巨大な田んぼを迂回し、ヘトヘトになりながら学校に到着したのは1限目が始まってからすでに20分後だった。 大遅刻。ウチの高校は校規にどこよりも厳しいのに・・・。 職員室に入ると、そこには生徒から「大谷パンチ」のアダ名で恐れられていた大谷先生(理由はそのまんま生徒に対して大谷パンチという名のパンチを繰り出すことでこの名がついた)が待ち構えていた。 もう何百発もパンチしたであろう、そのごっつい手から遅刻カードを渡された。 「名前とクラスと遅刻理由を書け」 「え、理由も・・・?」 本当のことを書いて信用してもらえるかなあ。 「交尾中の牛に邪魔された」 ナメてる。だいたい遅刻カードに「交尾」や「牛」という単語を書くことがもうありえない。 そんなこと書いたら必殺大谷パンチが飛んでくるのは確実だ。 かと言って、 「目覚ましが聞こえなかった」 は、ありきたりすぎでかえって嘘っぽい。 おそらく遅刻の常習犯達が毎度つかってる手だろう。 そんな奴らとネタがカブるのは嫌だ。 ネタとチンコは絶対かぶるな、が死んだお爺ちゃんの教えでもある。 僕は正直に書くことにした。とはいえ「交尾」の部分は少し濁して 「牛が道路で暴れていた為、迂回しました」 パンチに恐る恐るそのカードを手渡す。 するとしばらく難しい顔をして黙りこんだと思いきや、突然ニヤっと不適な笑みを浮かべ、 パンチは僕の目を見ないでボソッとこう言った。 「よし、早く教室へ行け」 「え?」 「早く。授業はもう始まってるぞ」 「いいんですか?」 「おう、早くしろ」 まさかの大岡裁き ![]() 後で聞いた話ですが、その牛は2年前、生徒に傷害事件を起こし問題視されてた牛だったそうです。 飛び越えなくてよかった |