まだ織田裕二がトレンディ俳優としてチヤホヤされてた頃の話です。 当時、僕は大学を留年し、暇だけはたっぷりあるという毎日を過ごしていた。 しかし金とやる気は丸でなかったので、いつも寝ながら考える事は 「ラクして銭を得る方法はないものか・・・」 というクズ類クズ目クズ科人間特有の甘い願望だけだった。 長期バイトは続かない、という揺るぎない自信があったので、自然と日雇いバイトを選ぶことになる。 仕事の責任を持つ必要もないし、嫌なら逃げたって構わない。 僕はたまに日雇いバイトに行っては1週間分のメシ代と漫画代を稼ぐ毎日を、ただただ亡霊のように(いやたぶん亡霊の方が忙しい)繰り返していた。 その日も派遣会社に電話し、押上の工場で仕分けの仕事をもらった。 「夜勤の軽作業です。そんな力とかいらないから」 「あ、そうですか」 派遣バイトしたことある人ならわかると思うが 軽作業=超重作業 というのが派遣業界の常識だ。 どうせクソ重たいもの運ばすんだろ、冷蔵庫とか冷蔵庫とか冷蔵庫とか。 まあいいやどうせ1日だし金もいい。最悪嫌なら逃げればいいのだ。 僕はその仕事を二つ返事で了承し、翌日、歩きで(電車代もない)押上駅へ向かった。 駅から数分、指定された住所を見ると、工場のイメージとは程遠い小さな雑居ビルが建っていた。 当時「悩む」という思考すら放棄してた僕は、何の疑問もなくビルに入り、何の緊張もなくインターホンを鳴らした。 「こんばんは、派遣で来た◯◯です」 ドアが開き、薄暗い部屋から同い年ぐらいの女性が現れた。名札を見ると「古賀」と書いてある。 中を覗くと、大きな荷物が置いてありそうな雰囲気はなく、児童館のような小部屋がいくつかあるだけだった。 とりあえず重作業はなさそうだ、と安心してると古賀さんが耳打ちしてきた。 「誰にも言ってないよね?」 「は?」 「会社以外の人に言ってないよね」 「ええ、言ってませんよ、そもそも何やるかも聞いてないですし」 「なら入っていいよ」 僕は玄関を上がり、早弁を隠すようにコソコソ作業する従業員を横目に、一番奥の部屋に案内された。 「驚かないでね」 訝しげな表情で中へ入ると、そこには驚くべき光景、いや絶景が待ち受けていた。 「そういうことかあ・・・」 僕の視界360度全方面のパノラマで飛び込んできたのはエロビデオの大洪水だった。 しかもよく見るとツタヤにあるようなパッケージでなく、手作りの箱に手書きの文字を印刷した明らかに怪しいものだった。それが1万本近くある。 「びっくりした?」 古賀さんがイタズラっぽい表情で笑う。 相武紗季に似たその笑顔は、背景のくすんだエロビデオとのギャップで余計に可愛く見えた。 あのー、ビデオよりあなたみたいな美女が働いてることに一番びっくりしましたけど! 「じゃあ君は山下さんと一緒に作業して」 山下さんという名の50歳ぐらいの男の人が、ずらりと床に並んだビデオの前で黙々と作業している。 「◯◯です。よろしくお願いします」 「おう」 流暢に仕分ける山下さんのゴツゴツした手を見ると、かなりのベテランであることがわかる。その慣れた手つきは雀牌を並べるプロ雀士のようだ。 すでに並べてあるビデオのタイトルが目に入った。 「25歳若妻、淫乱の香り」 「団地妻の欲望シリーズPart11」 パート11だって?大人気シリーズだ! 吹き出しそうになったが、真面目に作業してる山下さんに失礼と思い黙っていた。 「この列が人妻ね。この列が熟女。で、この列がOL、こっちは女子高生、こっちは・・・」 寿司職人のような険しい表情で山下さんが説明する。その顔やめてくれ、笑ってしまうから。 見るとビデオがジャンル別に10列並べてあり、タイトルを見ていずれかの列に置くのが僕の仕事のようだった。 なぜか右端の10列目の説明だけなかったので尋ねると 「あーそこはいい!気にしないで。初心者にはまだ難しいから」 と山下さんは大きな声で制するように言った。 その列に置いてある数本はタイトルもバラバラで、これと言った共通点もないようだった。 「とにかくこの9列だけ分けてくれればいいから」 そう言うと、雑多なエロビデオが入ったダンボール箱を僕に手渡してきた。 さあ、エロ仕分けゲームの始まりだ。 「全部で100箱はあるからね、素早い判断力が大事だよ」 山下さんの高いプロ意識にまた吹き出しそうになりながら、1つ目の箱を開けた。 一番上にあるビデオのタイトルを確認すると 「激エロ熟女の変態志願」 熟女ものだ。先ほどの説明だと熟女は1列目。 僕は素早くそのビデオを1列目に並べた。 「そう、それでいい。98点!」 いきなりミルクボーイ並みの高得点。 引かれた2点がどの部分かさっぱりわからないが、気にせず次のビデオに移る。 「人妻レイプ殺人鬼」 人妻は2列目だから熟女の隣だ。すぐに置こうとしたが、ふと同じ「人妻レイプ殺人鬼」が下にあるのが見えた。更にその下を見ると「人妻レイプ殺人鬼」、その下も「人妻レイプ殺人鬼」。その下もその下も・・・。 超人気作「人妻レイプ殺人鬼」がミルフィーユ状に幾重にも重なっていた。 戸惑い顔で目線をうろちょろさせてると、すかさず山下さん 「こういう場合はね、まとめて取るんだよ。1本1本取ってたら時間かかっちゃうからね」 「なるほど、勉強になります」 僕は山下メソッドに乗っとり、10本の「人妻レイプ殺人鬼」を両手でアコーディオンのように持ち上げ、一気に同じ列に並べた。 「力あるね、普通初心者は一度に持てないよ」 「ありがとうございます」 バイト先で褒められた経験など皆無だった僕は素直に嬉しかった。 その後も、巨乳、ゲイ、女医、中出し・・・とミスなくこのエロ仕分けミッションをクリアしていった。 丸でこれが天職のような、一生この仕事に身を捧げても構わない、という危険ドラッグに侵されたような気分になった。 しかし3時間後、男は突如ラスボスの襲撃を受けることになる。 「人妻・熟女の馬乗りファック3時間」 の出現である。 人妻、しかも熟女、これは1列目と2列目、どちらに仕分ければいいのか。 物を考えること自体放棄していた僕は、大学受験以来に脳をフル回転させた。 (タイトルは「人妻」が先だから、それを優先すれば1列目だ。しかし「人妻」の棚に並べば「熟女」好きがこの作品を見落とすことになる。複数あれば半分に分けるとこだが、残念ながら「馬乗りファック」は1本しかない。) その時、ふと気になってた謎の10列目のことが頭をよぎった。 (もしや、こういう時の為の列なのでは?判別不能なものはそこに置き、後で山下さんがどの列に並べるか最終判断を下す。そうだ、そうに違いない!) 今考えると「なぜさっさと山下さんに聞かなかったのか?バカなんじゃないのか?」という単純な疑問が湧いてくる。 しかしその時、仕分けの鬼と化した僕のプライドがその甘えを許さなかった。山下さんに聞いたら人生負けのような気がした。 よし勝負だ。僕は一か八か10列目にそのビデオをそっと置いた。 丸で画集の上に檸檬を置いて本屋を去った梶井基次郎のように。 恐る恐る山下さんの顔を見る。 さっきまで無表情だった山下さんの顔色が完全に変わっていた。そして信じられないという表情で僕の目を凝視した。 「君!」 「はい」 「なぜこれがこの列ってわかった!?」 当たった。僕は心の中で中指を立て、武藤敬司ばりのウルフパックポーズを決めた。 「いや、何か山下さんの仕分け方に法則のようなものが見えまして。こういう場合は10列目じゃないかなと」 「えー、そんなのあった?自分ではわからないなあ。えーそうなんだ」 山下さんはやられたーという表情で天を仰ぎ、ポッケから取り出した煙草に火をつけながら続けた。 「そこはね・・・代々僕のお気に入りを並べる列なんだ」 「は?」 「山下レーンと呼んでいる」 「山下レーン?」 「あらかじめリストからお気に入りを選んで、見つけたらその列に並べるんだ。そして帰りに一本100円で買い取る。それが楽しみでこの仕事をずっと続けてるんだよ。あ、古賀さんにはくれぐれも内緒で」 「はあ」(ギリギリアウトですねそれ) 「後で僕が探そうと思ったのに、いきなり君がそこ置くからびっくりしたよ」 「はあ」(偶然って発想がないのかなこの人) 「いやー初日で僕の性癖に気づくとは。おそれいった!」 「はあ」(いや知らないし知りたくもないです) そして6時間後の早朝、バイトが終わった。 「あ、僕今日だけなので」と山下さんに告げると、 「ええーそうなの?残念だなあ、久々にスジのいい若者が入ったと思ったのに」 エロビデオの仕分けに良い「スジ」があるかどうかわからないが、こんなクズを褒めてくれた山下さんには感謝の思いで一杯だった。 「じゃあまたいつでもおいで。明日でもいいからね」 僕がお礼を言うと、案内役の古賀さんが外まで送ってくれた。 「また来てね。待ってるわよー」 昨日、暗がりで美人に見えた古賀さんは、朝の日差しに照らされると50代のしわくちゃのおばさんだった。 |